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  • ノーザンライト・ログホームズ

ノーザンライト・ログホームズができるまで

百崎満(代表)は、大学卒業後、川崎地質で地質調査の仕事に4年従事した後、
その頃静かなブームになりつつあったログハウスに興味を持ち、
カナダの「B・アランマッキースクールオブログビルディング」に入り、ログハウスを本格的に学ぶ。
 
スクールで知り合った実業家の仕事を手伝う為、帰国後は現在住んでいる嬬恋村に移住。
ログハウスを造る仕事に就くが、この頃バブルが崩壊!仕事を失った。
それならば自分たちでログハウスの会社を作ろう!と3人で「ノーザン・ライト・ログ・ホームズ」を立ち上げた。
会社の名前はT氏、ロゴマークはF氏が考えた。
 
熱い想いで始めた会社だったがそれぞれの意見の相違等もあり、T氏とF氏はそれぞれの道に進んだ。
残った百崎で二人の想いも引き継ぎ現在に至る。
会社設立当時の熱い想いに更なる躍進を夢見て止まぬ。
 
現在57歳の百崎はちょっと出たお腹を気にしながらも、プラン作成、現場監督、チェーンソーワークと、日夜励んでいる。

ノーザンライト・ログホームズの名前の由来

1989年春、私(百崎)は本物のログハウスを建ててみたいという衝動に駆られました。
本物をこの目で見たい!!ログハウスに住み、人々はそこでどんな生活をしているのだろうか。
私の好奇心は駆り立てられ、それまで働いていた地質調査の会社を退職し、カナダのバンクーバーから北へ700キロ離れた街、ブリティッシュコロンビア州プリンスジョージへ向かいました。
 
たまたまログハウス専門誌に掲載されていてログハウスの建築を教える学校があることを知り、サマースクールに申し込み、遠路はるばるその田舎町まで行ったというわけです。
 
プリンスジョージの西50マイルほど離れた静かな森の中にその学校はありました。
その学校の名は「B・アランマッキースクールオブログビルディング」
 
120エーカーという広大な敷地内には湖があって、ヘラツノジカの親子が水を飲みに来たり、
近くの小川ではビーバーが巣作りの為にダムを作り、あちこちに小さな池が点在するような大自然のどかな光景でした。
 
電気も電話も水道なんてものもありませんでした。
そんな大自然の森の中にサイトと呼ばれる広々とした作業場があり、
周囲には過去にこのスクールで学んだ生徒たちの手で建てられたログハウスが数軒建っていて、私は他の生徒さん達とそのログハウスに寝泊りをしながらレクチャーに明け暮れる日々を過ごしていました。
 
朝は早くから実際に大きな丸太と格闘しながらログを組み立て、夜には構造や設計の学科の授業があり、行きも抜けないほど忙しく働きそして学んでいました。
でも充実して楽しく、そしてエキサイティングな時間が流れていました。
 
そんな時ふと空を見上げると、満点の星空、ノーザンライトをよく目にしました。
ノーザンライトとは私たちもよく知っている"オーロラ"のことです。
後に私がログハウス建築を始めた時に屋号として使うことになった、これが「ノーザンライト・ログホームズ」の設立の由来であります。
 
あれからあっという間に25年以上の時間が流れ、現在群馬県嬬恋村のワークサイトで、
あの頃の想いを忘れず、ノーザンライト・ログホームズのビルダー達と一緒に、ログハウス造りに没頭する日々です!
 

代表 百崎満